下着デザイナーの登場

2011.07.09

執拗な男性の視線に真っ向から疑問を投げかけ、女性の下着は女性の心を解放して、より自由な生き方へ誘ってくれると主張し、製品のデザインやカラーで冒険的な挑戦を繰り広げる下着デザイナーが現れた。鴨居羊子氏(以下敬称略)である。鴨居羊子(1925〜1991)は新聞記者、ジャーナリストを経て女性下着デザイナーへ転身する。1955年に下着メーカーを立ち上げ、機能性よりもファッション性を志向する、刺激的で斬新なデザインの下着を次々に発表。同年に「W・アンダーウェア展」を成功させ、翌年に前衛的ともいえる下着ショウ「チュニカーショウ」を開催。1956年に巻き起こった「下着ブーム」を華麗に彩るヒロインとなった。鴨居の著書『下着ぶんか論』(凡凡社、1958)では、下着ブームをこのように評している。「下着ブームの要因は三つに大別できます。その第一は、性のモラルが変ったことであり、第二は下着観の変化に応えた製品の更新であり、第三は第一、第二の動きを待っていたかのようにこれにすばらしい適合性をみせた化学繊維の裏づけです」そして、ここで最初に述べた性の概念の変化が下着にもたらした影響について、「肉体の魅力を堂々と発揮すれば、異性に優位にたちむかえることを頭の中の知識でなく肉体で理解しはじめた人は、その効果的な手段を下着に求めるのです」と分析している。その言葉を裏づけるかのように、彼女が作り出した作品はブラジャーやスリップといった既成の品種にとらわれることなく、ココッティ、キャミター、パチコート、チャービネーション、スキャンティ……と、ネーミングだけでも斬新さが伝わる、新しい感覚と発想に彩られていた。下着は白に限るという固定概念を打ち破り、「新しい下着の旗手として、セックスーアッピールする色Iピンク、サックス(著者注・薄い青)、イェロー、紫、黒、肌色などの下着が話題となっており、自由な今日的な色言葉さえ誕生しつつあります」と、色彩の自由を高らかに謳いあげた。女性の健康な官能性を解放する象徴として、カラー下着をシリーズ展開までしたのは、おそらく日本初だろう。奔放なカラー構成、大胆なカッティングとプリント柄、虹色のスリップ……。冒険的ではあるものの、それは、あくまで女性が自身でオシャレを楽しむための下着であるはずだった。

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リュー・ドゥ・リューの補正下着
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